Greatest Tank Battle:
クルスク 1943
#225 Winter 2004

クルスク 1943

1943年まで、クルスクの名は世界にまったく知られていなかった。ヒトラーがクルスクへの「Zitadelle作戦」を決定した時、グーデリアンは、「仮にそこを奪取したとして、何が得られるのか?」と疑問を呈した。マンシュタインは「後の先」を主張し、防衛撤退後の反撃を進言したが、撤退はヒトラーの受け入れるところではなかった。

ソビエト軍は、1942年冬のスターリングラードの勝利以後、広大なウクライナ平原に進撃を続けていたが、マンシュタインの聡明なクラコフへの反撃によって一時的に均衡し、にらみあいになっていた。問題は、どちらが先に攻勢するか、であった。ソビエト軍は連合国から増援物資で日々増強しており、時間はソビエトに利するものだった。
一方、他の戦線において、ドイツ軍は北アフリカから駆逐され、大西洋ではUボートが次々と沈められ、フランスへの連合軍の上陸作戦が現実のものとなりつつあった。ヨーロッパ本土への戦略爆撃がはじまると、ドイツの同盟国は戦争の行く末に懐疑的になった。ルーマニアとハンガリーは戦争の継続に消極的になり、ムッソリーニはヒトラーに忠実だったが、ムッソリーニ政権そのものが転覆の危機にさらされていた(その後、1943年7月にクーデターが発生する。)スペインでは、フランコ政権がドイツと距離を置きはじめ、日本は、ソビエトへの攻撃を拒否した。ヒトラーは、国内外に対して、ナチ・ドイツが戦いのイニシアチブを握っていることを示す必要があると考えた。
クルスクは、東部戦線におけるソビエト側の突出部であり、ここにありったけの兵力を投入することで作戦的勝利が得られるとヒトラーは計算した。しかし、ソビエト陸軍も、ありったけの兵力を投じていたのである。

1943年7月、ドイツ軍は、28個の歩兵師団、2450台の戦車、7400門の火砲、1830機の航空機を準備して戦いの火蓋を切ったが、ソビエト軍は76個の歩兵師団、5100台の戦車、31,400門の火砲、3550機の航空機を用意していた。緒戦における戦術的成功はあったものの、総合的にドイツ軍は大敗を喫し、休戦も不可能になるほどの戦力の格差が生じた。これ以降、ドイツは全面的に守勢に立たされることになる。

そもそも、ドイツ陸軍の初期の成功は電撃戦と奇襲によるものだった。しかし、戦線で対峙した状態において電撃戦はありえず、奇襲も困難である。しかも、「Zitadelle作戦」は、諜報によってソビエト陸軍に筒抜けになっていたのである。

カナダ軍創設の歴史: 1660-1900 近代戦術の開祖・マウリッツ・フォン・ナッサウ

カナダ建国の歴史を、カナダ軍創設の歴史を通じて解説。フランスの植民地からはじまったカナダは、フレンチ・インディアン戦争でイギリスに占領され、その後アメリカ合衆国と戦争をするなど、複雑な経緯を経て誕生しており、カナダ軍が形成される過程も同様に複雑である。

日本が戦国時代だった16世紀、ネーデルラント連邦共和国(オランダ)がスペインに仕掛けた独立戦争は、相互に膠着していた。「低地地方」(Low Countries)の水路と要塞化された都市は、双方の軍隊にとって攻勢が困難になっていた。
しかし、オランダの軍事総監となったナッサウ伯マウリッツは1588年、スペイン軍に戦端を開く。マウリッツは軍制改革を行うと同時に、戦術家としても卓越した才能を発揮し、小規模な戦闘集団の迅速な機動・展開によって、ゾイデル海(Zuider Zee、アイセル湖)周辺からスペイン軍を駆逐、ライン川まで版図を広げた。
 
付録ゲーム: Twilight's Last Gleaming 2
第二次米英戦争(1812戦争)

1812年、アメリカ合衆国は、デトロイト、ナイアガラ、モントリオールの三方面への同時攻勢という大胆な戦略でイギリス領カナダに侵攻、ここに、イギリス・カナダ・インディアン連合軍対アメリカ軍との戦い、すなわち第二次米英戦争が始まる。
当時、米英の間には、イギリス海軍によるアメリカ船の臨検などの外交的摩擦はあったものの、戦争の目的は、五大湖周辺を占領することで、同地における毛皮の通商を独占し、同時にインデアンの攻撃拠点を除去することだった。マディソン大統領がアメリカ議会に戦争教書を出した背景には、1810年の選挙で南部と西部のタカ派議員が多数当選した事実が背景にあった。
付録ゲームは、S&T#184の「Twilight`s Last Gleaming」の続編で、カナダのゲティスバーグと呼ばれたナイアガラ川におけるLundy's LaneとChippewaの激戦、Thames川における1813年のインディアンとの戦いを10ページの簡易なルールで再現している。


「1918」のデザイナーノートこちら
S&T ゲーム予告 次号

Frenh & Indian War
1754〜62年の北アメリカでイギリスとフランスが衝突した「フレンチ・インディアン戦争」。ゲームマップは、大西洋沿岸からミシシッピ渓谷、ハドソン湾、ニューオリンズまでの13の植民地をカバーする。ゲームシステムは「Asia Crossroads」を引用、ターンを年単位とし、複数のインパルスによる戦闘システムを採用。すべての有名なリーダーはユニット化され、ランダムイベントも導入している。

S&T#226の付録ゲームは中東戦争の「Suez'56」「El Arish'67」。特集記事は、「アラビアのロレンス」「朝鮮(戦争?)の空中戦」「第二次大戦のインド洋におけるドイツと日本の連携」。

[注: #226の特集記事は大幅に変更されいます。(2005年1月21日)]