S&T#126(1989年)

低脅威度紛争 (低烈度紛争とも)
Low Intensity Conflict: Warefare in the Modern World

この記事は、S&T#126(1989年)の「低脅威度紛争」の記事の抄訳です。Clausewitzの「戦争とは政治的インストメンツである(It is clear that war is not a mere act of policy but a true political instrument, a continuation of political activity by other means)」というフレーズは、今日の国際紛争において、異なる文脈において真実であると言えます。

はじめに
アメリカは、1979年のイラン革命と1982年のベイルート撤退における敗退を経て、新たな軍事ドクトリンを作成した。この新ドクトリンは、通常装備による交戦を前提としておらず、従来の先進国の戦争プランナーが想定したものと本質的に異なる。この新たな軍事ドクトリンとは「低脅威度紛争 (Low Intensity Conflict)」である。

近代戦争の性質
第二次世界大戦以降、世界の政治秩序は急速に変化した。西欧文明による植民地政策は終焉し、共産主義が興隆、発展途上国において革命運動が勃発した。そして、これらの政治構造の変化は戦争のあり方を変えた。
すなわち、西欧文明が想定していた従来型の戦争とは国家間による争いであり、軍服を着用した陸軍、海軍、空軍等の組織によって戦われるものであった。従って戦争開始に先立ち、宣戦布告がなされ、戦争中は戦闘員と非戦闘員の区別があり、講和条約によって戦争は終結した。戦いの勝利条件は、相手国の正規軍を叩き潰すことにあった。

ところが、西欧文明が世界の支配の座から下りることによって、これらの戦争のルールは意味を持たなくなった。共産主義、反植民地運動、反西欧文明、その他の革命運動によって、戦争は国家間のものから、異なる政治主義、民族、宗教のグループ間によるものとなった。
新しい戦争のスタイルは、暴動、内戦、革命であり、戦争の目的は、相手領土の占領や講和によって自国に有利な条件を得ることから、敵国の政治、社会、経済のシステムを壊し、それに代わる秩序を作ることに変わった。すなわち従来の戦争は、敵の軍事力を壊滅させることが敵の政治システムの崩壊につながったが、「低脅威度紛争」ではそれが逆転し、敵の政治システムを壊すことで、敵の軍事力を崩壊させるのである。

従来の「軍事力」とは、大規模な武装された専門の軍人の集団であり、これを編成するには、発達した経済インフラストラクチュア、工業力と人員を動員する組織力が必要である。ところが、革命勢力には、このようなインフラはないから、別な方法で戦わなければならない。これは、アジア、アフリカ、ラテンアメリカなどの地域においては、特に顕著な事実である。そこで考え出された戦法は、先進国の正規軍に正面から戦いを挑まない方法であり、その脆弱性(Vulnerability)を利用する戦法であった。

ゲリラ戦やテロリズムは、西欧先進国の軍事的優位を無効にする戦法である。このトレンドは、政治的対立による争いでは、いっそう顕著となっている。なぜなら、戦争のターゲットは人々の忠誠心だからその手段もまたより政治的となり、非軍事的になっている。プロパガンタ、政府転覆、人々の組織化によって国民を動員し、敵を無力化させる。

Unconventionalな戦争
戦争の手段がunconventional(非規範的、非通常的)になるに従い、戦力も非規範的になった。「低脅威度紛争」における第一の戦闘員は、地下の政治員と民兵であり、それゆえ(米軍の)正規軍による発見は困難で、敵地における行動の自由度が高い。通常の軍隊は、このような敵を発見し戦う手段を持っていない。

Unconventionalな戦争では、宣戦布告も休戦協定も意味を持たない。紛争は継続的であり、停戦状態も存在しない。より政治的な紛争であるから、兵士と民間人を明確に区別するものもない。

軍事行動の目的が敵の政治システムに打撃を与えることであるから、攻撃は政治インフラストラクチュア、官僚、警察、国家を支援する市民グループなどに向けられ、軍隊への攻撃は二次的なものになる。
このような戦争に国境はない。政治組織は世界中で行動し、自由主義圏において、その活動は結社と思想の自由により守られている。共産主義やその他のテロ組織は、自由主義国をプロパガンタとテロの舞台とする。

Unconventionalな戦いの有効性は、第二次大戦以降、様々な形で証明されている。共産主義者は、China、Indochina、Cubaで、反植民地主義者は、Algeria、Angola、Indonesia、Mozanbique、Rhodoseiaで、それぞれ勝利した。1979年のイラン革命、1956年のスエズ動乱、1983年のレバノン介入は、いずれも西欧諸国が破れた例である。これらの事件において、西欧諸国側は、最新の兵器と経済的優位で戦ったが、相手国のUnconventionalな戦法に勝つことはできなかった。
要約すると、近代戦には次の特徴がある。

  • 戦争は継続的である
    戦時と平和の区別がない。言い換えるなら、戦争は今も続いている。
  • 正規軍による戦いではない (Unconventional)
    武力の主力は、政治組織と民兵であり、正規軍は二次的な存在でしかない。
  • 政治的手段が主力である
    プロパガンタ、政治改革、民衆の動員、革命勢力の構築など。テロ、ゲリラ戦、正規軍への攻撃などの軍事行動は、政治的インパクトを狙ったものである。
  • 政治的勝利が戦争の目的
    戦争の目的は、敵軍の壊滅や敵領土の占領ではない。敵軍の背後にある政治システムを叩き、新たな政治システムを作ることである。

脅威
「低脅威度紛争」には、様々なUnconventionalな戦法が使われる。通常、プロパガンタと、テロ、ゲリラ戦が連携して用いられる。この数年、テロ活動が顕著だが、テロは「低脅威度紛争」そのものではない。テロ攻撃はプロパガンタと連携しない限り、効果が弱い。テロの本当の目的はターゲットとする人物を殺すことでも誘拐することでもない。ターゲットの背後にある社会が真の目標である。

テロ攻撃は、常にメディアが注目する事件であり、メディアはプロパガンタの手段として利用される。テロリストは、世論の士気阻喪、世論操作によって、ターゲット国に圧力をかけ、目的を達する。ニュースメディアは、テロの効果を何倍にも増幅する働きをする。

テロは、反抗分子、政治的急進者、軍隊、犯罪人など、誰でも可能な戦法である。それゆえ、テロには様々なゴールがある。政治組織、官僚、司法などを標的とすることで、敵国の政治システムを無力化することができる。反政府運動のシンボルとすることでプロパガンタにも用いることができる。軍事的に優位な敵の戦意を喪失させることもできる。

第三世界では、先進国の軍隊を負かすために「低脅威度紛争」が用いられる。第二次大戦後、さまざまな発展途上国で先進国が敗退した理由は次の通りである。

  1. プロパガンタとテロで、地域住民を革命側に動員した。
  2. プロパガンタと政治的キャンペーンで、西欧諸国の植民地政策に反対するグループを利用し、第三国に政治介入を行わせた。
  3. 先進国は、「低脅威度紛争」についての経験が不足していた。結果的に戦意が喪失し撤退を余儀なくされた。


ベトナム戦争の分析
ベトナム戦争におけるアメリカの敗退は、「低脅威度紛争」をより注目させる結果となった。アメリカの敗北は次の事実を示している。

  1. 世論を形成し、麻痺させることの重要性
    旧ソビエトは、ベトナム戦争敗退の理由のひとつは、アメリカ政府に対する反戦運動であると分析していた。反戦運動は、共産主義者のプロパガンタによって拡大され、ベトナムから軍を撤退させるまでの力を持った。さらに、Laos、Cambodiaから軍事顧問団を退去するまで至った。
  2. Unconventionalな戦法の有効性
    アメリカ政府は、共産主義者の政府転覆運動、テロ、ゲリラ戦に対して、主導権を持つことができず、有効な反撃をすることもできなかった。ベトコンおよび北ベトナム政府軍に対し、アメリカ軍は数々の軍事的勝利をおさめながらも、政治的な勝利は得られなかった。アメリカ軍がベトナムから撤退した時も、共産主義者の政治インフラは無傷だった。
  3. 共産主義側は、大規模な軍事行動が可能だった
    1970年中頃、北ベトナム政府軍はインドシナの他の国にいくらでも侵攻することができた。このような軍事行動に対して、従来なら西側諸国が団結したが、アメリカ国内の戦意への麻痺、アメリカ政府の信用失墜によって、西側諸国が足並みをそろえることができなかった。

(抄訳)