Outbreak: Fallujah 2004.4.10
ウオーゲーマーから見た国際情勢
ゲリラ戦の古典的戦術は、占領軍側にオーバーリアクトさせ、空爆を含む大規模な占領軍の攻勢によって、民間人に多数の死傷者を出すことである。これにより、中立であった者も占領軍を非難する。

2003年4月、アメリカ連合軍がバクダッドを占領した時、アメリカ政府の最大の懸念は、Shiite派とSunni派が内戦をはじめることだった。Shiite派は、長年サダム政権から抑圧されており、両派の対立は深刻なものがある、とされていた。
しかし、その一年後、その両派は連携し、占領軍(アメリカ軍等)に対して猛烈な戦闘を仕掛けている。それはアメリカ政府が予想していなかった悪夢に違いない。

この一年間、占領軍への局地的な攻撃は毎週のようにあった。これらの攻撃は旧サダム政権支持者やSunni派が首謀者と思われるアルカイダとの連携を示唆するものもあったが、従来型のテロ組織と違い、犯行声明もなく、交渉する相手が見えない、顔のない敵だった。

ところが先週、Shiite派のSadr師が「Terrorize your enemy!」と呼びかけてから始まった占領軍への抵抗戦は、これらの過去の報道がかすんで見えてしまうほど大規模かつ血なまぐさいものとなっている。Sadr師による反米抗争の呼びかけには、Shiite派内部の政権争いに、占領軍へのイラク国民の不満を利用しようとする意図が明白だった。彼はShiite派のごく一部の勢力を代表するにすぎなかったのだ。ところが、Sadr師の呼びかけから一週間もしないうちに、Sadr派に属さないShiite派も反占領軍への戦闘に加わり、それにSunni派が連携した。報道を見ている限り、アメリカ軍はほとんどすべてのイスラム教派を敵にまわしているように見える。

Sadr師は、Shiite派の聖職者であった父親を1999年、サダムフセイン政権によって殺害され、その地盤を引き継いだ人物。闘争的な発言で知られ、Shiite派内部でも「若すぎる」「未経験である。」と評価されていた人物だ。そのSadr師には、対立するShiite派の指導者を暗殺した容疑がかけられている。そして、Sadr師の側近が逮捕され、暫定政府がSadr派の新聞に発禁命令を出すと、Sadr師はアメリカへのテロ攻撃を信者に呼びかけ、本格的な反米戦の口火となった。

4月10日現在、Falluja市は占領軍(アメリカ軍)への抵抗のiconとなっている。アメリカ海兵隊は5日間、Fallujaを包囲して戦闘をしたが、Sunni派を壊滅できなかった。この間の双方の犠牲者はイラク側400名、米軍側50名と報道されている。Fallujaにおける戦闘は、ベトナムのHueのように、ドアツードア、一戸ごとに掃討してゆくものだという。昨日、両者の間に停戦協定ができたが、海兵隊は、老人および子供の男女のみ市外への脱出を認め、戦闘に参加できる年齢の男女の脱出は認めていない。今週イラクから引き上げる予定だった米陸軍第一機甲師団の帰国は延期され、忍耐と協力を呼びかける手紙が師団長から兵士に配られた。
Fallujaには、Shiite派の旗をバンパーに掲げたトラックが、食料補給のために向かっている。彼らに言わせれば、「SunniもShiaも関係ない。Fallujaの人々は飢餓に瀕していて、彼らはイラク人だ。」と言う。市民まで巻き込んだ海兵隊の作戦を非難する評論家のコメントが、一部のニュースメディアで流れている。Herald Tribune新聞は、「SunniとShiiteは共通の敵、アメリカを見つけた」と報じた。

昨年、サダム政権が崩壊し、ニュース・言論が開放されて、バクダット市民が真っ先に行ったことのひとつが、サテライトTVを自宅にとりつけることだった。
彼らが見る主要なニュース番組は、アラブ系メディアであってNBCやCNNではない。アルジャジーラでは、連日、占領軍の攻撃によって死傷した市民の姿や炎上するM1戦車を映し出している。この局のweb siteには、傷ついた市民の写真がたくさん掲示されている。イスラム圏の視聴者は、アメリカ軍対イラク・イスラム教徒の戦いを、イスラエル対パレスチナの争いになぞらえて見ている。

Fallujaの攻勢中、イラク
国内を移動するM1(地域不明)
Falluja市の空撮